母乳代用品のマーケティングに関する国際規準

母乳代用品のマーケティングに関する国際規準*(全文はこちら )
International Code of Marketing of Breast-milk Substitutes

*「国際規準」のほか、一般的に「WHOコード」あるいは、「国際基準」とも呼ばれる

(1981.5.21 第34回世界保健総会にて採択)

目的

この「国際規準」の目的は、乳児に対する安全で十分な栄養の供給に寄与することである。そのために、母乳育児を保護・推進【注】し、「必要な場合には、適切な情報に基づき、公正妥当なマーケティングと支給を通じて母乳代用品が適切に用いられること」を保証する。

【注】現在の日本では母乳育児の利点の多くが子育て世代には広く知られており、9割以上の母親が母乳で育てたいと願っています。その願いをかなえるために環境を整える努力をするのは母親ではなく、社会の役割です。「母乳育児の推進」というと、母親に対して「母乳で育てるように推進」するかのように思われがちですが、母乳育児を推進する対象は母親ではなく、むしろ母親を取り巻く社会にあるといえます。この国際規準は国際的に通用するように作られており、企業、保健医療システム、および政府に適用されます。

この国際規準は、母乳で育つ赤ちゃんだけではなく、ミルクで育つ赤ちゃんも含めたすべての赤ちゃんの健康を守るために、世界保健総会で採択されました。国際規準は、女性の意志に反して母乳育児を強いることを目的にしていません。誰もが乳児の栄養法に関して偏りがない正確な情報を得て、必要と見なされたときに、可能な限り安全に使用されるよう保証するためのものです。すべてのお母さんには、十分で偏りのない情報を得た上で自分の家族にとって最適な栄養法を選択する権利があります。

母乳には免疫成分があるなどの利点があることは知られていますが、心地よく母乳をあげるにはコツがあり、産科施設の方針やその後の支援によって母乳育児がうまくいくかどうかの大半は左右されます。しっかり赤ちゃんに吸われたり、(それができない場合は)しぼって外に出したりすることが体へのサインとなり、母乳は作られます。何らかの理由で赤ちゃんがしっかり吸えなかったり、授乳回数が減ったりすると作られる量が減っていきます。こうした母乳分泌のしくみやうまくいくためのコツについての十分な情報が与えられる前に、乳児用ミルクの宣伝メッセージを受け取り、医療機関・医療施設で試供品を渡たされると、それをあげているうちに母乳が出なくなっていきます。そうなると、母乳で育てたいと思ってもうまくいかないだけでなく、お母さんが自分の体への自信をなくしてしまうリスクがあります。

また、商品を売るためのテレビCMや雑誌の広告などの影響力も無視できません。そのような影響からできるかぎりお母さんと赤ちゃんを守ろうというのがこの国際規準の目的です。

母乳代用品とは乳児用調整乳(乳児用ミルク)やフォローアップミルク、そのほかの母乳にとって代わる乳児用食品のことです。また、それだけでなく、哺乳びんや人工乳首のマーケティングも規制の対象としています。

つまり、母乳を代用するどのような製品も「母乳代用品」であり、国際規準はどのような代用品の広告もしてはいけないといっています。そして、十分で偏りのない情報提供を得たうえで、乳児用ミルクや哺乳びんを使うと決めた場合は、安心して安全に使えるように支援されることが大切です。

この国際規準が生まれた背景には、乳児用ミルクを製造する多国籍企業が、自社製品の販路拡大を求めて、発展途上国で、不適切な手段で粉ミルクを売り込んだという事実があります。医療施設の中で白衣を着た「ミルクナース」(セールス員)が、粉ミルクを必需品であり、母乳よりも優れたものであるかのように宣伝し、医療施設の中で試供品を配布しました。

お母さんたちは、試供品のミルクをあげているうちに母乳が出なくなり、赤ちゃんにはミルクが不可欠になってしまいました。しかし、十分な粉ミルクを買うお金がない家庭では、薄めて飲ませることになりました。また、粉ミルクを作る水が汚染されているような状況でも販売促進が行われました。そのため、多くの赤ちゃんが亡くなったり、病気になったりしました。
こうした歴史的な悲劇からの教訓からこの国際規準は生まれました。

1981年の決議に反対したのはアメリカのみで日本を含む3国は棄権しましたが、1994年の世界保健総会ではアメリカ・日本も含む全会一致で採決しています。

しかし、それ以降も規制されたはずの宣伝は続いています。1990年代の実話を元にした映画のサイトはこちら http://www.bitters.co.jp/tanovic/milk.html (「汚れたミルク:あるセールスマンの告発」)

時代の変遷に伴い、世界保健総会で内容の補強が行われており、その決議は「国際規準」と同じ効力を持っています。例えば2016年の世界保健総会で合意された「乳幼児食品の不適切な販売促進をやめる指針」は、政府のプログラム、NGO、企業による乳幼児食品(3歳まで対象)の販売促進に対しても適用されます。この国際規準はWHOに加盟する世界194か国中144か国が部分的あるいは完全に何らかの法律や条例として法制化されています(2022年WHO/ユニセフ報告書)。WHOとユニセフは、全加盟国に対し、国内法制を強化し「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」とその後の世界保健総会の関連決議を有効なものとするように勧告しています。
また、国連の子どもの権利委員会からの日本の第 4 回・第 5 回統合定期報告書に関する総括所見(2019年)でも、この「国際規準」を全面的に実施するように勧告されています。

 国際規準の主な内容(全文ではありません)

1. 消費者一般に対して、母乳代用品の宣伝・広告をしてはいけない。
2. 母親に試供品を渡してはならない。
3. 保健施設や医療機関を通じて製品を売り込んではならない。これには乳児用調整乳の無料提供、もしくは低価格での販売も含まれる。
4. 企業はセールス員を通じて母親に直接売り込んではならない。
5. 保健医療従事者に贈り物をしたり個人的に試供品を提供したりしてはならない。保健医療従事者は、母親に試供品を手渡してはならない。
6. 赤ちゃんの絵や写真を含めて、製品のラベル(表示)には人工栄養法を理想化するような言葉、あるいは絵や写真を使用してはならない。
7. 保健医療従事者への情報は科学的で事実に基づいたものであるべきである。
8. 人工栄養法に関する情報を提供するときは、必ず母乳育児の利点を説明し、人工栄養法のコストや不適切な使用法によるリスクを説明しなければならない。
9. 乳児用食品として不適切な製品、例えば加糖練乳を乳児用として販売促進してはならない。
10. 母乳代用品の製造業者や流通業者は、その国が「国際規準」の国内法制を整備していないとしても、「国際規準」を遵守した行動をとるべきである。

主な参考文献
IBFAN(2019)/母乳育児支援ネットワーク訳(2021)乳児の健康を守るために:保健医療従事者のための「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」ガイド母乳育児支援ネットワーク.
United Nations Convention on the Rights of the Child, Committee on the Rights of the Child. (2019) Concluding observations on the combined fourth and fifth periodic reports of Japan, 5 March 2019.
UNICEF/WHO (2009)赤ちゃんとお母さんにやさしい母乳育児支援 ベーシックコース, 医学書院.
Palmer, G.(2009)/本郷寛子,瀬尾智子訳(2015)母乳育児のポリティクス:おっぱいとビジネスとの不都合な関係,メディカ出版.
WHO (2016) Guidance on ending the inappropriate promotion of foods for infants and young children.
WHO/UNICEF/IBFAN.(2022) Marketing of breast-milk substitutes: national implementation of the international code, status report.
(2009年11月、2018年7月、2019年7月、2022年8月 一部改訂)

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